pixta_16033780_M

かつて東京は水の都だった!東京風情と川の関係


代表作『腕くらべ』を中心に多くの作品を世に残した日本の小説家、永井荷風。彼は自身の著書『日和下駄』のなかで「水は江戸時代より継続して今日においても東京の美観を保つ最も貴重なる要素となってゐる」と書き記しています。さらに徳川家康は江戸城に入ると、キーワードを「水」とし、海岸に近い僻地だった江戸の都市機能の整備を始めます。
このように江戸時代から明治時代と東京は「水の都」として名を馳せていたのです。今回は東京が「水の都」と呼ばれた理由と現在行われている「水都の再建」についてお届けいたします。

川と人々の暮らし

現代でも川は人々が多く集まる場所です。花火大会やバーベキュー、川遊びを楽しむ親子連れなどを目にすることは多いはず。江戸時代においてもそれは同じで、夏場は川辺で夕涼みをしたり、舟遊びに興じたりと昔から水辺は人々で賑わう場所でした。娯楽だけではなく、貿易の面でも川は重要視されていました。明治維新後から高度経済成長期にかけて、川や運河は東京湾から都心を結ぶ貴重な輸送ルートとして活用されていたのです。
日常生活から外国との交流、物流とさまざまな場面で川という存在が欠かせないものだったことがわかりますね。ここからは東京で有名な河川についてご紹介していきます。

隅田川

東京都北区の岩淵水門で荒川と別れ、都心を流れて東京湾に至る川です。全長は約23.5kmとされています。毎年花火大会が行われている有名な川なので、一度は訪れたことがあるという方も多いのではないでしょうか。
この川には至る所に橋が架けられおり、「橋の博物館」とも呼ばれています。

多摩川

山梨県、奥秩父の山から流れ、奥多摩湖、多摩地区、都県境を経て東京湾へとつながっている全長138kmの長い川です。農業用水や都民の生活用水として活用されており、人々の生命の源となっている重要な川です。
下流域においては東京都と神奈川県の県境の役割も担っています。

神田川

井の頭公園を源流として、淀橋、御茶ノ水、秋葉原などの都心を経て隅田川と合流している川です。全長は約24.6kmで、東京都の一級河川として知られています。フォークグループの楽曲に用いられたことによって知名度が高まりました。「聞いたことのある名前だな」と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。
上記の3つ以外にも都内には多く川が存在しており、合計すると都内の河川は107河川、約858kmにもなります。生活用水、物流、娯楽とどの面においても川が使用されており、かつ100以上の河川という点が、水の都と呼ばれた理由につながっていると考えられますね。

「水の都・東京」を世界へ

世界規模で「水の都」を見ると「ベネチア」という印象が強いのが現状です。これは外国の方だけではなく日本人においても同じだと考えられます。そこで東京都は2020年に東京五輪・パラリンピックをきっかけに、江戸時代から受け継ぐ「水の都」としての魅力を世界に伝えようという活動を始めています。場所は築地市場跡地で、都内の観光地を船で結ぶ舟運の拠点をつくる方針です。
東京港を巡る船と浅草や両国、東京スカイツリーなどを結ぶ河川ルートの船がともに乗り入れ、地下鉄駅やバス停など陸上の交通機関との乗り継ぎをしやすくする狙いがあるようです。川沿いのテラスは散策やジョギングだけでなく、オープンカフェなどにも活用できるように検討しているとのことで、オリンピックにより都内の発展がぐんと進むと考えられます。

おわりに

今回は江戸時代の東京と川の関係を振り返りながら、現代の「水の都」再建について解説いたしました。コップ一杯の水にも長い歴史と人々の思いがつまっています。休日に川の歴史について考えながら、河原を散策するのも良いかもしれませんね。

参考
iinejapan.jp

The following two tabs change content below.
川沿いの街をめぐるためのガイドブック

川沿いの街をめぐるためのガイドブック

豊かな水を人々へ運ぶ世界中の川と周辺の街情報を集めてみました。